介護福祉士資格に関する質問主意書の提出と政府答弁について
専門家の方からの提案・要望を受けて3月27日、介護福祉士資格についての質問主意書を提出し、4月7日に政府の答弁が送付されました。
第201回国会
介護福祉士養成施設卒業者への国家試験義務付けに係る現行五年間の経過措置の延長に関する質問主意書
※ 質問主意書とは
質問主意書とは、議員が国政全般について政府の考えを聞くことができるものです。通常、議員の質疑は、所属している委員会(舩後議員の場合は「文教科学委員会」)や、本会議での「議題(質疑のテーマ)」に制約を受けますが、質問主意書は一定のルールに基づけば、どんな分野でも、テーマでも、質問することができます。議員一人でも質問することができます。このため、少数会派の議員にとっても、政府の考えを問う手段として、有用とされています。(参考:参議院HP)
今回の質問主意書・政府答弁については、制度について詳しい、日本社会事業大学の森千佐子教授に、解説文を寄せて頂きました。経緯や、制度の課題、答弁の問題点などを分かりやすくまとめて頂いています。
障害のある方や高齢の方によって、介護は生きるために欠かせないものです。その質は、生活の質に直結します。舩後議員自身も、24時間介護を受けて活動しており、この問題は他人事ではありません。政府からの答弁は、残念ながら納得のできるものではありませんでしたが、今後も支援者や専門家の方と協力しながら、取り組んでいく所存です。
「介護福祉士養成施設卒業者への国家試験義務付けに係る現行5年間の経過措置の延長」について
日本社会事業大学 森千佐子教授による解説
【問題の経緯】
昭和63年に「社会福祉士法及び介護福祉士法」」(昭和62年法律第30号)が施行され、社会福祉士と介護福祉士が国家資格として定められました。これにより、平成元年度に第1回の国家試験が実施されました。介護福祉士の資格取得の方法には、①実務経験ルート、②養成施設ルート(高等学校卒業後2年間以上)、③福祉系高校ルートの3つのルートがあります。
その後、介護ニーズの多様化・高度化の進展に対応できる資質を担保し、社会的評価を高めるという観点から、一定の教育課程を経て国家試験を受験し、修得状況を確認することが必要であるとされました。そして、平成19年の「社会福祉士及び介護福祉士法」一部改正により、①実務経験ルートには実務者研修を義務付け、②養成施設ルートには国家試験を義務付けるという、介護福祉士資格取得方法の一元化が図られ、平成24年度から実施される予定でした。
図1 介護福祉士資格方法の一元化の経緯
(第23回社会保障審議会福祉部会 令和元年11月11日 資料より)
しかし、介護人材の確保を理由に、改正法の施行は3年間延期され、平成27年度からの実施に変更されました。その後も延期され、ようやく平成29年度から養成施設卒業者も国家試験を受験することとなりましたが、「5年間の経過措置」がとられています。それは、②ルートの養成施設卒業者は、国家試験に不合格でも国家試験を受験しなくても介護福祉士の資格が取得でき、卒業後5年以内に国家試験に合格するか、5年間継続して介護に従事すれば、資格は保持できるというものです。この経過措置は令和3年度までであり、令和4年度からは養成施設卒業者にも国家試験が義務付けられることになりました。
今回、その経過措置を令和8年度までとする、つまり5年間延長するという改正案が出されました。
【争点】
令和元年11月11日に第23回社会保障審議会福祉部会、12月16日に第24回社会保障審議会福祉部会が開催され、介護福祉士国家試験延期に関する審議が行われました。
そこでは延期を要望する意見と、延期をせず一元化を実現すべきという意見に分かれ、第24回の福祉部会では「両論併記」という形で審議が進められました。
《介護福祉士国家試験経過措置の延期を要望する意見》
公益社団法人日本介護福祉士養成施設協会、公益社団法人全国老人福祉施設協議会が、経過措置の延期を要望しており、その理由を以下のように挙げています。
① 介護現場の人材不足が続いており、介護福祉士養成施設に入学する外国人留学生が急増している中、留学生の国家試験合格率は低い状況にある(表1)。介護福祉士の資格取得ができないと在留資格「介護」が取得できず、貴重な人材を失うことになる。
表1 養成施設卒業見込み者の国家試験合格率
平成29年度 | 平成30年度 | |||||
受験者 | 合格者 | 合格率 | 受験者 | 合格者 | 合格率 | |
日本人 | 6,268人 | 5,586人 | 89.1% | 5,439人 | 4,945人 | 90.9% |
外国人 | 152 | 63 | 41.4% | 394 | 108 | 27.4% |
社会保障審議会介護保険部会(第86回、令和元年11月27日)資料2より作成
② 養成施設は日本人の入学生が減少し、定員確保に非常に苦慮している状況である。介護福祉士の資格取得が難しいとなれば留学生の入学者が減少し、さらに経営が厳しくなる。
《経過措置は予定通り終了し、国家試験の一元化を要望する意見》
一方、延期には反対であり、予定通り一元化を実施すべきという主な意見は以下の通りです。
① 経過措置の延期は、人材の質の平準化が図れず、介護福祉士は一定の水準にある専門職とはいえない存在になってしまう。資格の価値や社会的評価を低下させることになる。
② 既に数度にわたって一元化は延期されており、これ以上の延期は、介護福祉士国家試験の信用を著しくおとしめる。将来、介護を目指す者の減少に拍車をかけることにもつながりかねない。国家資格である介護福祉士に責任と役割を明確に位置づけることが、介護福祉士や介護職という職業に対して、人が集まってくる流れにつながる。
③ 国家試験があることによって、学生には介護福祉士国家資格を取得するという明確な目標が掲げられ、意欲的に学習に取り組むことができる。
④ 留学生の合格率が低いことを理由に、経過措置を延長することは適切ではない。外国人材の国家試験合格率向上のためには、一元化延期を検討する前に取り組むべきことがある。
反対意見は、公益社団法人日本介護福祉士会、公益社団法人日本社会福祉士会など職能団体の代表委員をはじめ、他の団体や有識者からも出されました。公益社団法人日本介護福祉士養成施設協会に加入している施設の中にも、延期に反対している養成施設があります。
【政府答弁に対する見解】
質問1および3について、介護人材の不足状況を考慮したとしています。しかし、第23回及び第24回社会保障審議会福祉部会では、上記のように、介護サービスの質や介護福祉士の地位向上を担保するためには、国家試験義務化を予定通り行うべきという意見が出されています。国家試験によって高い質が確保されている中で、受験しなくても介護福祉士として認められるという経過措置の延期は、介護現場で介護福祉士として働く職員のモチベーションにも影響し、国家試験のレベル・専門職としての質の低下につながります。結果として介護福祉士を目指す人の減少にもつながりかねないという、延期に対する反対意見が多く出されました。それは、さらなる介護人材の不足を招くことになります。このような意見を全く無視した答弁であると考えます。
また、「求められる介護福祉士像を実現し、質を担保するためには国家試験に合格することは最低条件と考えますが、政府の見解をお示しください」という質問3への回答になっていません。介護福祉士国家試験は、教育課程における修得状況を確認するための試験です。不合格者や未受験者は、修得状況の確認ができていないことになります。
養成施設ルートで平成 29 年度に国家試験を受験した介護福祉士を対象とした「介護福祉士の資格取得方法の見直しによる効果に関する調査研究事業報告書(株式会社エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所)」では、受験に伴う自身への影響として、86.1%の人が「介護に関する幅広い知識が身についた」、81.1%が「専門職としての自覚・心構えが高まった」と回答しています(図2)。
図2 介護福祉士の資格取得方法見直しによる効果
(第23回社会保障審議会福祉部会 令和元年11月11日 資料より)
留学生の国家試験合格率が低い状況にありますが、留学生の入学者は平成27年度には94名で入学者全体の1.1%でした。令和元年度では2,037名で入学者の29.2%を占めており、今後も増加すると考えられます。この数字は公益社団法人日本介護福祉士養成施設協会の調査によるものであり、協会に加入していない養成施設もありますので、留学生の人数はさらに多いと考えられます。外国人留学生に求める日本語能力のレベルは、「外国人留学生受入れに関するガイドライン」に定められています。しかし、実際は養成施設に入学している留学生の日本語能力には個人差が大きく、各養成施設における留学生の選抜のしかたにも問題があると思われます。経済連携協定(EPA)に基づく外国人介護福祉士候補者が介護福祉士の資格を取得するためには、国家試験に合格することが必要です。EPA候補者の国家試験合格率は、平成29年度が50.7%、平成30年度は46.0%でした。EPAに基づく候補者のうちインドネシア人とフィリピン人は、日本語能力試験※ N5程度以上、ベトナム人はN3以上とされており、訪日後、日本語研修を行います。候補者のうちベトナム人介護福祉士候補者の国家試験合格率は、平成29年度が93.7%、平成30年度は88.5%でした。日本語能力の重要性を示しています。国家試験に合格できなくても介護福祉士として従事できるようにするのではなく、合格できるように教育支援をすることが必要です。
※ 日本語能力試験では、認定レベルをN1~N5の5段階で定めており、数字が少ないほど難易度が上がります。N3は日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができるレベルであり、N5は基本的な日本語をある程度理解することができるレベルとされています。
「平成29年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果(厚生労働省)」によると、高齢者虐待と認められた件数は増加しており、養介護施設従事者等による高齢者虐待の発生要因として最も多いのは「教育・知識・介護技術等に関する問題」(60.1%)であるとされています。次いで多いのが「職員のストレスや感情コントロールの問題」(26.4%)、「倫理観や理念の欠如」(11.5%)です。適切な教育を受け、知識・技術を修得したか否かを国家試験で確認することが、介護福祉職による高齢者虐待を防ぐことにつながるのではないでしょうか。
介護事業所には、介護職員のうち介護福祉士の割合によって、介護報酬が加算される「サービス提供体制強化加算」があります。そのため、介護福祉士の資格を有する職員確保したいのでしょう。しかし、人材確保は量だけでなく質の確保が重要です。国家試験不合格にもかかわらず、資格を付与している国家資格は他にはありません。人材の質の確保は、利用者や家族に対し、介護サービスの質を保証することにもなります。資格取得一元化の問題は、利用者や家族の立場で考えることも不可欠であると思います。
質問2に対し、国家試験不合格者および未受験者で介護福祉として従事している人の人数は把握が困難としています。しかし、介護福祉士養成施設は、毎年「社会福祉士及び介護福祉士法施行令第5条に基づく報告」を各地方厚生局に提出しています。入学者数や卒業者数の他、国家試験の受験状況や卒業生の進路についても報告します。データはあるわけですので、把握することは可能です。また、人材確保のための改正案であるにもかかわらず、今後の輩出見込み数を出せないのでは、見通しをもった改正案ではないといえます。
質問4の養成施設ごとの合格率の公表については、検討してまいりたいとしていますが、3月27日に出された「介護福祉士国家試験の今後の在り方について」では、養成施設・学校別の受験者数・合格者数・合格率を公表するとともに、養成施設ルートの日本人受験者と留学生受験者の合格率等を把握できるようにすることが望ましいとしています。すぐにでも公表すべきです。経過措置では養成施設の卒業者は国家試験未受験であっても、介護福祉士の資格が取得でき、5年間継続して従事すれば資格は保持できることになっています。そのため、養成施設が国家試験合格率を上げるために、合格が難しい学生には国家試験を受験せずに介護福祉士になる道を勧めることが考えられます。合格率の公表のみでなく、未受験者数もがわかるように、卒業見込み者数も同時に公表すべきであると考えます。
質問5については、留学生と就労先施設とのマッチングの支援と教育の質の向上に必要な取り組みを支援するとしています。前回の法改正では、「介護職員の社会的地位の向上のため、介護福祉士の養成施設ルートの国家試験義務付けを確実に進めるとともに、福祉サービスが多様化、高度化、複雑化していることから、介護福祉士が中核的な役割および機能を果たしていけるよう、引き続き対策を講ずること」という附帯決議が付されました。しかし、これまでにどのような対策を講じ、どれくらいの効果があったのかは明確ではありません。
外国人留学生の課題は人材確保対策の課題であり、量の確保と同時に質を担保するためには、留学生教育について議論すべきです。合格しなくても国家資格を与えるという短絡的な方法によって解決できるものではありません。
今回の5年延長案が、さらに5年、10年と再延期され、恒久的になるのではないかと危惧せざるを得ません。